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これまでのご利用、誠にありがとうございました。
わたしの頭の中でかなり前から絡まって絡まって絡みまくってるこの必要条件と十分条件。 もちろん意味は理解してます。「AであればBである」が真である場合(正しい場合)、AはBに対する十分条件である。またBはAに対する必要条件である。つまり、AがありゃBになるんならAはBを実現するのに十分だし、BがあるってことはAが必ず先立ってあるんだからAが存在するために必要だよってこと。 で、こんなん中学かそこいらで学んだことで理解してるけど、頭ん中で使えてないwっていうどうにもおバカさんなわたしです、はい。 「摂食障害がなければ幸せなのに」にしよう。これ思ったことある人多いと思います。幸せの定義って何って感じだけど、何かしらの自分の望みが叶ってる状態ってことよね。 例えば、素敵な恋人がいるとかやりたい仕事に就くとか。 これってwithout摂食障害が十分条件で幸せが必要条件ってことなの?本当か?そのまま当てはめたらそうだけど、まず前提として「without摂食→幸せ」が真でなけりゃだめでしょ。摂食が無くなった途端自動的に素敵な恋人が目覚めたらいるわけ?摂食が無くなった途端自動的にやりたい仕事が降ってくるわけ?違うやん。摂食がなけりゃ悩みは1個消えて何かやってのけるコンディションは良くなるやろうけれど。頭の中のこの矢印危険じゃない?って最近思ってます。 この矢印を使う理由は薄々感づいてはいたけど、幸せでない言い訳に摂食を使ってるんちゃうかって気づきました。 結構摂食の人に多いらしいんだけど、主語を大きくするのは結構危険なので、わたしは自分で言うのも何ですが理想高い系です(完璧主義って言うより理想高い系の方が合ってると思う)。理想高い系の幸せってめっちゃハードル高いんですわ。今日もあったかい布団で寝れて幸せとかいう人が心底羨ましいんですけどね。このハードルを乗り越えるには血を吐く努力が必要だったりするかもしれない(と思っている)。そんなことするのしんどいじゃない、辛いじゃない。で、言い訳矢印「摂食→理想が実現しない状態」。そしたら楽チン楽チンなわけです。矢印見つけたのに症状なかったら意味ないから、無意識的に症状を呼び起こしたりしてしまう。 そんなことが起こってたりするんだけど、ほんとに欲しいのは何なのさってことが重要なんじゃないの?理想実現ってやつでしょ。理想は実現しないから理想なんでいつまでもあり続けるんだけどね。ってことは理想に近づくことが欲してることでしょ? だったら、摂食のことは置いといて理想に毎日1歩ずつでも進むことに日々を費やしたらどうなのかしらね?ってグサグサ自分で自分にトゲを刺しております。 「〇〇があったら/なかったら〜なのに」っていう「〇〇→〜」これが本当に真で、〇〇が十分条件か、〜が必要条件か、これちゃんと整理しなあきまへんなぁ〜。 物事の道すじって1つじゃないから仮に上のが真だったとしても、「△△→〜」のバージョンもあるわけで、〇〇とか△△より〜にコミットした方がいいんじゃない?っていうそういう呟きでした。