利用条件
- チャンネルの購読はのに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの閲覧にはEating Disorderへのアカウント登録/ログインが必要です
注意事項
- 購読ライセンスの期限を超えると、チャンネルを閲覧できません。購読ライセンスを新たにご購入ください
- 一度ご購入された購読ライセンスの返金はできません
これまでのご利用、誠にありがとうございました。
寛解迎えつつ、たまにやりーのな日々で、なんか辞めずに続けていたロシア語をちゃんと学んで翻訳家として生きていこうと、今年9月下旬から10ヶ月ロシアのウラジオストクに語学留学に行く事になりました。 アラビア語も学び始め、英語もちまちま独学しつつな毎日です。バイトも小児科受付8年になりました。継続は力といいますか、なんといいますか。生きる事も続けて40歳に去年なりましたし。 生きてればいいことある、っていう言葉はあまり好きではありません。ただ、まあ生きてるからこその経験と体験かなと。 大人になるのに人の倍かかるのでやっと20歳になった感じですね。 いろいろ学び、失恋したり喧嘩別れしたりしても、そうへこたれなくなりました。あと、どんな親しい人といても疲れるのがわかったので、人間関係は薄い感じで行こうかと。 もちろん友達は好きだし、おしゃべりも好き。 薄くっていうのは、感覚的なもの。 自分にとってどうでも良いことは距離置いたりほっておけるようにもなってきたのもええことかな。 まあ、なんしかロシア語アラビア語英語頑張ります。
傷つく気持ちがわかったら、私が他人にそんな思いをさせないように出来る。 注意されればそれは成長の大チャンスである。 厳しい環境は経験値を大幅に上げることが出来る。 経験値がたまればレベルが上がり、強い技を覚えられる。 この世には私のプラスしかない。 そうなのだけれど、 ただただ傷ついた自分の存在に上手く蓋が出来ない。 見過ごせない。 見過ごせたら楽なのにと、思う。 生きているうちは常に勉強だ。
ひとりごとです。 東京に越してきてから、ブックオフで『一週間3000円使いきり献立』っていうお料理のレシピ本を見つけたので100円だったし買ってみた。中のページにはどっかの子供が蛍光ペンで書いた落書きだらけでちょっと嫌だったけど(最初からそれに気づいてたら買わなかったw)、本を見ながら毎日料理していたら、あっという間に本は片栗粉だらけになった(笑)その中の相田幸二さんという料理家の方のレシピが今まで作ったことのない、っていうか食べたことのないような味がするので、相田幸二さんのレシピ本を何冊かまた追加購入した。おととい、相田幸二さんのレシピに書いてある献立を一通り全部作り終わった。 すごく恥ずかしいんだけど、ドレッシング(中華ドレッシングとかサウザンドレッシング?とか)が簡単に自分で作れるって今まで全然知らなかったし、揚げ物をしたのも初めてだし、片栗粉を一ヶ月で使い切るということをしたのも生まれてはじめての経験。雑貨屋の店員さんにフライパンや鍋の構造、その有効な使い方も教えてもらって、長く使えるものを購入したのも生まれてはじめてだと思う。 今まで自分の料理の腕はフツーだと思っていた。自分の母親も料理下手ではないと思っていたし。祖母が明らかに料理が下手だったので、陰でその文句や嫌味を母が言っているのも知っていたし、実際母の料理は美味しいほうだと思っていた。今では祖母にも母にも感謝はとてもしているけど、相田幸二さんのレシピに出会ってからは「今までわたしは何食ってきたんだろう!?」ってすごくびっくりした。あの人たち、手抜きし・・・・・・(略 ←手抜きや時短は悪いことではないスよ! その本のレシピは簡単だし、しかも美味しいし、旦那も毎日楽しみにしてくれるし、毎日が新鮮。100円の古本との出会いがわたしにこんな変化をくれるなんて! レシピは4人分の分量で書いてあるから、同じく作るとちょっと多いので次の日に食べたり(過食用食材ですがw)、冷凍保存しておいて、過食衝動に襲われたらチンして食べるようになった。「一週間3000円」っていう謳い文句は、やっぱ数年前の底値のものを表示してあるからちょっと無理はあるけど、購入するものが決まってるからスーパーに行く回数も減った。っていうか、前までは考えたこともなかった「如何にしてスーパーに行く回数を減らすか」をすっごく考えるようになった。そしたら食費がめちゃくちゃ減って、冷蔵庫の中もスッキリして、チューイングのゴミも減って、夫婦はニコニコだし、料理も好きになった。「何で今まで知らなかったんだろう。もっと早く知りたかったなあ。」と思わないこともないけれど、今だからコレが出来るし、自分に有効なんだろうなあって思う。人には人のタイミングがある。で、この変化のタイミングを偶然のフリして誰に見守って欲しかったかって言ったら、やっぱ手抜き料理ばかりしていたあの母親。結局、母に優しいまなざしでわたしの変化を見守ってもらうことはなかったけれど、わたしたちはこう見えて今日も変化し続けている。変化や遷り変わりを黙って誰かに見ていて欲しいって、きっと当たり前の欲求なんだと思う。近所の桜並木に咲いてる満開の桜が、わたしにそう言ってきたもの(痛いおばさん発言承知w)。 悲しいって泣け!寂しいって喚け!虚しさの原因にもっと怒れ!あなたはひとりじゃない!わたしにそう教えてくれたのは母ではなかった。 今日の献立は鶏とかぼちゃのセサミから揚げと、きゅうりともやしのマリネ、たたきオクラのお吸い物でーす♪