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わたしは根っから気が弱くて、だからどれだけやっても「まだまだダメだダメだ」と思って、そしてまたやって… それはそれで努力してるからいいんだけど、ずっと自分には「あんたダメ」っていうレッテルを貼り続けてきました。 でも昨日ある方が 「りぃちゃんはそういう性格なんだから、無理に変えなくていいんじゃないかなぁ。それがりぃちゃんを輝かせてる1要素なんじゃないかなぁ。変えなくていいんじゃないの?その「変えよう、強くなろう、タフになろう、気にしない性格になろう」っていうのやめたら?」と なんだか心の底から楽になりました。心臓に心筋なくなったんちゃうか!?と思うくらいゆるゆるに そうかぁ、自分にないものばかりねだって、自分を否定してたからしんどかったのね、ごめんよ…トホホと思いました。 こういうのって「ありのままの自分を認める」ってやつなのかもしれないけれど、本当にいつ心に染み込んでくれるかわからないものだから、弾いてる間は辛いですね。けど、染み込んで染み込んでを繰り返して自分って存在の確認ができるかもしれません。
動いてる電車に乗ってたら、わたしは止まってるけど ほんとは動いてるんだ 動いてる電車にのりたきゃ 電車にはとまってもらわないといかんのだ そいうこと すべてそいうことだ だから大丈夫なのだ、わたしもみんなも
例えば、一旦調子が良くなったのに、再びもうダメだ、と思うくらい調子が悪くなる時がある。そんな時は、やっぱり治らないんだ、と本当に思う。でも、それも治っていくただの過程らしい。だから、その時は理由はわからなくても、これは治っていくただの過程、と心の中で何度でも言うようにしてます。理由はわからなくても、そして全くそうは思ってなくても。 調子がどん底なときは、自分を気づかってあげるだけていい。こんな苦しい思いをしながら、それでも必死で毎日を生きている自分に。自分だけは自分を癒してあげよう。みたいな。。 この辺りの言葉は、なんとなく落ちている自分には支えになったので、ちょっと書いてみました。
病院、行ってきました。最近の私は仕事の状況が変化した事で、一気に症状が悪化しました。 毎日の仕事へのプレッシャーが予想していたよりも酷く、過食嘔吐の日々、そのうち、症状の怖さが上回り意味もなく毎日症状がひどかった。とにかく毎日が不安でドキドキする事が嫌だった。 自分との折り合いをつける。これが今回の私の課題でした。ドキドキする自分が嫌。何を食べていいかわからない自分が嫌!そこで教わった事がおっと!の気付き。 例えば、散歩していたとする。しかし、頭の中は色んな別のことをあーだこーだと考えていたとする。すると、それは散歩をしているのではなく、完全に意識は、あーだこーだにいっている。 そこで、、おっと!私は散歩していたんだ。じゃあ、意識は手を動かす、足を動かす事に集中する。 つまり、仕事が終わりに近づくと、あー今日はちゃんと食べれるだろーか。過食してしまわないだろうか。と私は毎日考えてしまう。そこでおっと!私は仕事の片付けをして家に帰るんだ。それに集中、集中。何でもない事だけど、帰るだけだとしても、帰るに集中する。 これが今回、私が学んだ内容です。しかし、そーは思っても、またすぐにドキドキが出てくる。そうしたら、再びおっと! 当分はこれを根気強く続けていく事が、これからの私の課題です。 そんな個人的な振り返りでした。
かつて私が言われてずっと心に残っている言葉で、こんなものがあります。それをさっき考えていました。 「人はどんな些細なことにも、逆にどんな大きなことにも、たとえそれが逆境であろうとも、その中に込められた意味を見出すことができる。」 こんな感じだったと思います。それを聞いた3年前くらいのわたしは「イン・ザ・とんでも逆境(みなさんご存じ摂食障害)」であったので、且とてつもなく純真であったため(若い証拠)、「そうなんだぁ~きっとその意味を見出してみせるぞ!(ヨッシャッシャ)」というその言葉の真意もわからずに、その素敵雰囲気のみを受け取っていたのでした。この言葉は昔のわたしにとっても今のわたしにとっても真実であるのには変わりはないですが、昔は理解が浅すぎたというよりわかっていなかったのだと気づきました。 人は逆境にさえ意味を見出しうる・・・というよりは、人は意味を見出さずにはいれないのだと思います。そして何もない(かもしれない)ものの中に、何かを見つけずにはいれないのだとも思います。ヒトの脳は「曖昧なこと・わからないこと」を嫌います。また、「ないこと」はヒトの脳の中に存在しません。聞いたことがある方もいるかもしれませんが、「りんごを想像しないでください。」と言われてリンゴが頭の中に浮かばない人はいないのです。 意味なんて何もないかもしれないしあるかもしれないけれど、その曖昧な状態に耐えられないから意味づけをするかしないか選択します。でも、「ないこと」は存在しませんから、何らかの意味を与えるわけです。 それが順境であれば、それが何か深い意味などなくとも心地よいものという意味だけでいいわけです。 しかし、逆境となれば話は別です。ストレス解消のための過食などは心地よいものという単純な意味なのかもしれませんが、こう思えられる人は単なる食いしん坊ちゃんです(食いしん坊と言える人はかわいいと思う)し、そもそも逆境ではないですね。心地よいかもしれない一方で、それを良しとは決してしない自分がいる・・・そうすると、帳尻合わせをしますし、過食にもそのために必要に迫られる代償行為にも悩みます。過食症ですね。「やまいだれ」がつくわけです。 わたしはこの「良しとは決してしない自分」これに何らかの意味合いが入っているのではなかろうかとこの4年間探りを入れてきたわけです。 今となってみれば辛い経験ですし、今も症状に悩むときは悩むけれど、実は意味合いから自分の課題をとりだして学んできたのです。これを経てこそのわたしであると思います。そのすべての学びが終わると、過食症を卒業するのだということでしょう。なぜかというと、意味を見出し切ったものは続ける必要がない、というか続けられなくなるのです。「ないこと」は脳の中に存在できませんから。 人は意味を見出せそうなものをそれが良いか悪いかになんて関わらず選択するのでしょう。そうやって選択の連続を繰り返すみたいです。 つまりは、すべて自分のご都合主義です。「ふふふ、狙い通り」なわけです。そういう意味では、「引き寄せの法則」もアドラーの目的論も同じようなことなのかもしれませんね。 あ、わたしまだ意味合い絞り出し切っていませんよ。でもね、探ってたらいつか「ほいよ」ってでてくるから、もう焦ることはなくなりました。だってさ、脳みそってどこかなどこかなってやってるこのあるかないかわからない曖昧な状態嫌いですからね。いつかくれます。逆境にあるときって何もせずにのほほんとしてられないわけで、それが終わってほしいです。そういうときは、「意味合いもうないわい!」って脳が判断するまで、意味合いサーチング姿勢でいるといいってことなんでしょうね、脳の機能的に。 自分にはどうしようもない脳に埋め込まれたもの(仕様っていうんですかね)はどうしようもないけれど、うまく利用してあげると、人生いい方向に転がっていくような気がしている今日この頃なのです。
うまくいかないことがあって、うまくいかないそのことってやってもやらなくてもまぁ死にはしないとき…ほとんどのことがあてはまるかな。やらないっていう選択肢とれるのに後ろ髪をひかれてしまう、そのとき自分とは別のところにその原因を置いて諦めようとするってことします。ほんとよくします。でもこれだと後で辛かったりします。で、やはり自分の望みは「それでもやる」という選択なんだと気づくわけです。でもうまくいかない。。。 そのときはやはり解決型思考をもっておかないといけないみたいですね。なぜうまくいかなくて(原因がわかった時点で原因には悩まない)、どうするべきなのか考えていかなくてはですね。どうすべきかはそれが出来ない性質を帯びてる人間だと自分が自覚した段階で出来る人に教えをあおぐしかないわけで。 そんなことがなんて大事なんだと気付いたのは、わたしが今仕事にすべく日々やっていることが上手くいかず、なんでこんなに進度が遅く理解が遅いのかについて考えていたからなんです。最初もうやめたくてやめたくて、「もっと脳みそのエネルギー使わない仕事もあろうに!」などと思っていたのです(りぃたぬきは頭脳労働に就こうと考えている学生です)。で、暫くもうやめよう!やめよう!と思っていたのですが、「無理だぁ〜」となって、ここで感情爆発しました。で、望みは「それをやりたくて、何が嫌なのかというとうまくいかないこと」that's allでした。 なんでか暫く探っていたら、「あ、わたしあらゆるdimensionで片付けられない女だわ。だから脳内も散らかってるわけか。」と。原因インプットしたら、「なるほど、解決すりゃいいんでしょ。」って、そして脳内見えないから行動で変えられるところからアプローチしようと、片付けれる人に聞くわけです。 「溜めないことでしょ」普通の解答でありながら本質ついてる解答!! 怠惰でない人間なんていないわけで、めんどくさいことわたしも含めみんな嫌いです。それでも整理上手はめんどくさいことを片付ける努力分散上手なんですね。少しの片付ける努力を怠ることで散らかり状態がどんどん拡大して、最終的にそれを片付けるってめっちゃエネルギーいります。極力エネルギー温存型の怠惰人間がそんなこと出来るわけがないです。で、ずーっと散らかって散らかって最終的に慣れてたりします。 はっはーーん!メカニズムわかって気持ちもそっち(解決にむけた行動を嫌がってない)に向いてたら、「この勝負もろたで!」です。この勝負もろてしまいます。