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うまくいかないことがあって、うまくいかないそのことってやってもやらなくてもまぁ死にはしないとき…ほとんどのことがあてはまるかな。やらないっていう選択肢とれるのに後ろ髪をひかれてしまう、そのとき自分とは別のところにその原因を置いて諦めようとするってことします。ほんとよくします。でもこれだと後で辛かったりします。で、やはり自分の望みは「それでもやる」という選択なんだと気づくわけです。でもうまくいかない。。。 そのときはやはり解決型思考をもっておかないといけないみたいですね。なぜうまくいかなくて(原因がわかった時点で原因には悩まない)、どうするべきなのか考えていかなくてはですね。どうすべきかはそれが出来ない性質を帯びてる人間だと自分が自覚した段階で出来る人に教えをあおぐしかないわけで。 そんなことがなんて大事なんだと気付いたのは、わたしが今仕事にすべく日々やっていることが上手くいかず、なんでこんなに進度が遅く理解が遅いのかについて考えていたからなんです。最初もうやめたくてやめたくて、「もっと脳みそのエネルギー使わない仕事もあろうに!」などと思っていたのです(りぃたぬきは頭脳労働に就こうと考えている学生です)。で、暫くもうやめよう!やめよう!と思っていたのですが、「無理だぁ〜」となって、ここで感情爆発しました。で、望みは「それをやりたくて、何が嫌なのかというとうまくいかないこと」that's allでした。 なんでか暫く探っていたら、「あ、わたしあらゆるdimensionで片付けられない女だわ。だから脳内も散らかってるわけか。」と。原因インプットしたら、「なるほど、解決すりゃいいんでしょ。」って、そして脳内見えないから行動で変えられるところからアプローチしようと、片付けれる人に聞くわけです。 「溜めないことでしょ」普通の解答でありながら本質ついてる解答!! 怠惰でない人間なんていないわけで、めんどくさいことわたしも含めみんな嫌いです。それでも整理上手はめんどくさいことを片付ける努力分散上手なんですね。少しの片付ける努力を怠ることで散らかり状態がどんどん拡大して、最終的にそれを片付けるってめっちゃエネルギーいります。極力エネルギー温存型の怠惰人間がそんなこと出来るわけがないです。で、ずーっと散らかって散らかって最終的に慣れてたりします。 はっはーーん!メカニズムわかって気持ちもそっち(解決にむけた行動を嫌がってない)に向いてたら、「この勝負もろたで!」です。この勝負もろてしまいます。
今日は大好きなお母さんの誕生日♩数年前までひどい反抗期で、 それもあり拒食症を発症してしまったりもしたけど、、、 今では仲良し ♩すっかりままっこ いつかちゃんと 私が摂食障害だってことを 伝えられたらいいなあ。 その時は過去形に なってるとさらにいいなあ☺︎♩ 苦しい時は毎日あるけど 幸せなことも毎日るんだ。 産んでくれてありがとう まま。
「あ、この感じお久しゅう」と心が滑らかになることがありました。もう長いという断りはしません、「それを書くことで文章が一層長くなるでしょうが」と気づいた(遅)。 「この感じ」って言うのは「不適切なことから起こる不適切なことは当たり前であって自然である」が染み透った感覚です。 この感覚を感じるのは今回で2回目でした。 1回目は(前書いた)崖上ギリギリの末の自己受容のときでした。当時わたしは何に苦しんだかというと、「普通ではない」ということでした。摂食について調べるにつれて「機能不全家族・アダルトチルドレン・自己愛性病理」という言葉を知りました。まぁ当たり前に受け入れがたかったわけです。客観的には当てはまっていたし、そういう感じにも気づいていたけれど、言語化されると恐ろしく異常なものに思えました。で、当てはまるのに当てはめたくはなかったし、認めたくなかったのです。でも客観的にそうですからね、そしてそれを認めずには回復に向かわないということも薄々わかっていますからね、きついです。痛いです、とっても。 暫く動かず(認めるか否か決めなかった)その痛みに耐えていました。が、忍耐力の限界がきます(はたまた飽きたのかもしれない。)「あ、きた」と思いました。 「不適切な人に不適切に扱われて育ったのだから、不適切になったってしょうがないでしょうよ」(過去一時的に父方のお家で悲しい扱いを受けていました。) 胸にあった重い金属のようなものがさーっと溶けてカラダに染み透って消えていくみたいな感覚でしたね。 物事には必ず原因と結果があって、(原因も結果ももちろん幾分人の認識に依存するんだけど)その原因(複数の要因を含む)と結果にはしかるべき道すじというものがあります。化学反応だってこれとこれを混ぜたらこうなるってもんで、魔法をとなえたらバンッて惚れ薬になるみたいなことはないわけです。 だから、不適切なことから不適切なことが起こるでしょうよってこと。自然法則でしょうよって。もちろん、不適切さをそう感じない人もいるかもしれないし、不適さを処理する能力があるかもしれない、幼少期にもう既に達観しているとかね。でもそんな人間そうそういないし、少なくともわたしはそうではありませんでした。だから自然に不適切さを帯びて育ちました。支障レベルの感情の抑圧とか自己愛の強さとか自尊心の低さとかね。 まぁ生きてたらそんなこともありますね(唐突のまとめ)。ここからがスタートだと思います。だからどうなの?だったらどうするの?ここでしょう!! 何が問題なのかしらを考えていくと、その時わたしはもう過去のことは問題視しておりませんでした。ここで過去に苦しんでいたら、もう少し悩んでいたかもしれません。それより今の不都合(行動レベルでは摂食障害、思考レベルでは上の3つと0/100思考)を見ていました。というわけで、今年は思考のクセを緩めていくということをしてきたみたいです。 で、今回2回目のコレが来たんですが、まだ整理してません。ただ自然法則かぁ〜となったばかりなので。
昨日、何もしていない。 過食していない。 嘔吐してない。 下剤飲んでない。 今日も、何もしていない。 過食疲れで寝すぎていない。 嘔吐疲れで寝すぎていない。 トイレ行き疲れで寝すぎていない。 酒にも、眠剤にも、安定剤にも頼らず、寝て起きた。 こんなの何年ぶりか分からない。
※途切れると訳わからないので超絶長くなります。目覚めている時に読まれるとよろしいかと。 だめ予測 【定義(rough)】ある現象を前にして、この後だめになる〜(オロオロ)と予測すること。 (´・ω・`) {ラフすぎるやろ笑〕 だめ予測、これやっちゃいますね。なので、ぐりぐり探ってみます。 例えば、「本日の最下位は蠍座のあなた、1日中感情に振り回されるかも」という占い結果からだめ予測する、朝お腹が空きすぎて朝メニューから逸脱したものを食べてしまってだめ予測する… 前者は摂食でなくてもやっちゃうだめ予測だけど、摂食だと後者も含めて予測し、この「だめ」はイコール「症状に苦しむこと」になるという… (前者は星占いなんて見なきゃいいし、そもそもチャンネルによって結果が異なるなんて統計学的に分散高めでしょうが!と言いたくなります。自分が蠍座の中の異常値ではないとなぜ言えるのか説明せよと言いたくもなります。) 気を取り直して… 摂食脳内を覗くと、「よい日=症状なし、わるい日=症状あり」の2パターンしかないです。だから、だめ予測はすなわち症状につながる訳です。いつも朝はコーヒーで済ませる人が今朝はお腹がすいてピザトースト1枚食べたとしよう。摂食でなければ、これはだめ予測にすらなりません。しかし摂食だと「症状なし」がもっと細分化されて決まっているため、もうその後の1日がだめになるようにしか思えません。すなわち、0/100でかつ100の必要条件がきつきつなのです。 だめ予測は予測にとどまる限り問題ありません。しかし、予測は予測で終わらない(°_°)これは一説ですが、私たちの脳みそって自分も含めた世の中をコントロールしたいという欲に満ちております。良い悪い関係なく予測を予測通りに実行すると脳は安心するのかもしれません。 どうしましょうね?わたしがこんな風に意識せずにやっていたのは、「だめ予測を予測した上でのだめ予測回避」です。さっきの例で言うと、「お腹空きすぎて胃がちぎれそう〜(゚o゚;;」でピザトーストがあると。「これ食べる→だめ予測(ここでは過食によるカロリーオーバーにしよう)=予測通り→回避するため食べない」です。これね、ガッツ要りますし、実行可能性が低めなので良くないです。 なので、だめ予測は一旦した方がいいかもしらんと思っています。予測した上でどうしようか…ふむふむと考えておりました。ここまで読んでくださったガッツのある方は一緒に考えてくだされ(。・ω・。) で、1個トライしてみようかというのがあります。ここで前頭葉を使って「だめ予測してみたけどだめじゃないかも予測」を無理矢理します。「だめ予測」=「ピザトースト食べてしまってカロリーがぁ(°_°)わたわた、これって1日症状に振り回されないかしら?」いまここ。で、「だめじゃないかも予測」…もしかしたら今日この後ずっと物理的に何も口に出来ないかもしれない、もしかしたらわたしの身体はピザトーストだけは栄養を吸収しない身体かもしれないと。 イメージとしては「ポジティブでいることを目指す」というのではなく(ポジティブ至上主義は危険)、「偏った予測をフラットにする」という感じかしら?何が起きるかわかりませんよ〜ってね。 だめ予測回避とだめ予測修正、どちらが脳みそのエネルギー節約になるかその都度比較して選んでいくと良いかなぁ〜 まぁ、だめ予測したってしなくたって、発症条件(また今度考えよう)満たしちゃえば症状でるんですよね。あえて満たさせるみたいなこともやってしまうことがあります。ただ、わたしはだめ予測にのみ起因する無駄な症状は避けたいだけです。症状さんには必要最低限の役割でいてもらおうというのがわたしの最近のスタンスなのです。 あ、だめ予測回避にもだめ予測修正にも失敗しただめ予測のみに起因する特に意味のないように見える症状でも長期スパンでみると意味あるかと…脳みそをフラットにする訓練ですわ。トライすることに意味がある(・ω・)!ビシッ! ここまで書いて思ったのは、わたしは現実生活に支障をきたす自分の脳の偏りを摂食障害を通じて修正するということを目的としているようですね。なるほど。