利用条件
- チャンネルの購読はのに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの閲覧にはEating Disorderへのアカウント登録/ログインが必要です
注意事項
- 購読ライセンスの期限を超えると、チャンネルを閲覧できません。購読ライセンスを新たにご購入ください
- 一度ご購入された購読ライセンスの返金はできません
これまでのご利用、誠にありがとうございました。
過去に欲しかった愛情は、今更になって「改めてちゃんとした形で私にください」ってできるものなのだろうか。 もっと言えば「はい、わかりました。今更だけどちゃんとあなたにあげます。」と渡されたところでそれは自分の本当の望みなのだろうか。 むかし欲しかった愛情があって、それをもらえなくて、自分の存在があっていいのかわるいのかわからなくて、自分の存在が見えなくて不確かで証明したくて、がんばった。そしていつの間にか摂食になったのだ。今思えばなるべくしてなった幼少期の境遇でもあった。摂食がなければ、この記憶は「臭いものに蓋をする」といったイメージでゴミ箱に投げ入れて墓場まで引きずっていくつもりだった。そして、その私にくっついたゴミ箱は存在を消されていたのだった。けど、がんばりすぎてゴミ箱を引きずれなくなった私は摂食になったけれど、数年かけてゴミ箱をきれいにしている。 話を戻すと、その貰えなかった愛情を仮にいま貰えたとしたらどうなんだろうと考えていた。実現しないそれを夢見た日もあったけれど、いまはそれは違うなぁと思う。 その愛が欲しかったのはあの頃わたしなのだ。今のわたしではなくて。 今と過去を混同していたけれど、「あぁ、あの頃のわたしは愛情が欲しかったのだなあ。」「こういう愛情に飢えていたのか。」そう枯渇していた過去の自分の存在に気付いたとき、やっとほっとできるのだ。やっと不確かな自分の原点に気付いてあげたとき、その頃のわたしはきっと飢えていた愛に代わるものを手に入れるのだろう。 欲しかった愛情の代替物となるような誰かの愛情はないと思う。欲しかったそのものは手に入らないのに。けれど、自分だけが今の自分だけがかつての自分の心を埋められるのかもしれない。 そんなことを考えていた。
はじめまして、みどりんごと申します! 20歳の理系大学生です。 摂食障害歴は8年で、 中学1年で拒食になり、入院、退院してから今度は過食になりました。 趣味は音楽を聴くことです。たまにライブに行きます。 食べ物のこと、大学の勉強のこと、進路のこと、人間関係などでぐるぐる考えてしまうことが多い性格ですが、気楽に参加させていただきたいと思います^ ^ よろしくお願いします♩
入って1ヶ月ほどのバイト先。 店長+早番1人遅番1人でまわしてる。お寿司屋さんなので、店長が全て って感じ。 今日、早番の高校生の子が、少しきつく?叱られて(ってほどでもないように感じたんやけど) ぽろぽろ涙流してた。 大丈夫?気にせんときなぁ と言っといたんだけど、 気持ち的には そんなんで泣かんで良いよー のが近い。ただ、それじゃキツイかなぁと思い、 気にせんときなぁ。と。 自分にとっても特に気にかかることじゃないのでメモ程度の投稿ですが、こういう時の優しい声かけって正しくはどんなのなんやろ?
はじめてかもしれない、山を駆け下りた! わたしの通う大学院は山の上にあって、今日すごく面白い(私的に)研究結果がでて、なんだかわからないけど、夢中で山を駆け下りたくなって、しかも凛々しく! わたしやっぱこういうのが好きなんだって、嫌なことばっかしで嫌なこと99.99999%でも、残りの0.00001%のこの山を駆け下りちゃう感覚のためにここにやってきたんだって、 息切らしながら思ってしまった笑 はじめてかもしれない、何がなくてもわたしはなんか大丈夫って思ったの。放心状態で、訳も分からず書き込んでしまった。